韓国ドラマ『悪人伝記』
怪物の心をのぞき込む時…、
『悪人伝記』が描く、善と悪の境界線

ドラマ悪人伝記イメージ画像

境遇の似た二人を軸に、「善良な人間が、どこで一線を越えるのか」を浮かび上がらせるドラマです。
※ネタバレ含みます。

あらすじ

過去の問題で懲戒処分になり、弁護士として復帰半年になるハン・ドンス(シン・ハギュン)。彼は拘置所や刑務所に顔を出し、誰にでも弁護の営業をする「ハン弁」として囚人からも馬鹿にされていました。そして、その囚人同士の噂話を同じ雑居房にいる一人の男が、野球ボールを壁打ちしながら聞いています。ある日、ドンスの弟(シン・ジェハ)の友人からいつものように紹介された囚人は、ソ・ドヨン(キム・ヨングァン)でした。彼は、19年前、高校野球で、韓国初の大リーガーになれるとも言われたエースでした。しかし、決勝戦でストライクボールをデッドボールと判定した審判員に暴力を振るい、野球界から追放され、今は、暴力団組織ユソン派のNo.2になっていました。もうすぐ出所するドヨンからの仕事の依頼を引き受けることで、ドンスの人生は一変していきます。

ドラマの中のセリフから

第1話より支配の始まり
弟から紹介された仕事の依頼で刑務所の面会室を訪れたドンス、依頼人ドヨンと初めて出会う場面。

面会室に現れたソン・ドヨン、突然彼の手から放たれ、壁に打ち付けられた野球ボール。そのあとに残った一匹の潰された蝿の死体。その死体を手に取っていうセリフ。
ドヨン:ハエは大嫌いだ。


中略 —————————–


その、空気に動揺するドンス。気分を落ち着かせ営業スマイルをしながら話を続ける。

ドンス:ご用件は何でしょう。まもなく刑期を終え、出所ですよね。

ドヨン:退屈で。

ドンス:接見の申請でしたら担当弁護士に確認を。

ドヨン:あいつらは、つまらない…..(ドンスを見て)経歴がいいよな。元事務長で懲戒処分の弁護士。
胸クソ悪い? ”弁護士の俺がどうしてこんなヤツの相手を?” ”マジで冗談じゃねぇよ”…だろ?
俺は、あんたが気に入った。ハン弁は?
(ドヨンはそういうとニヤリと笑う。)


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依頼内容に危機感を感じたドンス。
ドンス:ご依頼には感謝しますが、お断りします。すみません。

ドヨン:なぜ?刑務所回りよりマシじゃ?

ドンス:守るべき一線があります。

ドヨン:一線…..踏むべき一線?底辺を知らないのか..。

ドンス:ソ・ドヨンさん。

ドヨン:プライドが傷つく?つまらない人生だな。
(その後のドンスの記憶から)..やってみると簡単だぞ。興奮するし優越感に浸れる。


第3話より逃げ道が消える瞬間

なりゆきで殺人の共犯者になったものの、弁護士としての使命感といつか殺されるという恐怖で、何とかしてドヨンから離れたいと感じているドンス。警察署に通報しようとしますが、そこにドヨンからの電話で諦めることになります。その時、接触事故を起こす寸前で止まり、ドンスは相手の男性に謝り、去っていきました。(後に彼はドンスと同じ団地の棟に引っ越してきたマ・チョルジン刑事だと知ります)ドンスが姪を学校に向かえに行くと、チョルジン刑事が帰り道が同じため、自分の息子と一緒に学校から帰る途中でした。途中、コンビニで一息すると、チョルジンがドンスに警察署に来た理由を聞くシーンの会話から。

チョルジン:先ほどは、なぜ警察署に?
ドンス:えっ?
チョルジン:ぶつかりそうになりましたよね。
ドンス:(思い出して)ああ….よく覚えてますね。
チョルジン:職業病ですよ。刑事です。通報しに来たのではないですか。何かお困りのことが?
何もせず帰ってしまう方が時々いるんです。警察署まで来たのに通報を諦めてしまう人が多い。例えば脅迫や懐柔などのせいで。
ドンス:(戸惑いながら)その….実は、厄介な人がいるんです。暴力的で、無慈悲で、理解不能なほど短絡的です。他人を敬う気持ちは一切ありません。化け物みたいなヤツで、永遠にそいつの支配から逃れられないかも。
チョルジン:誰なんですか。話してください。力になれるかもしれません。
ドンス:上階です。
チョルジン:えっ?
ドンス:騒音問題で困ってまして(笑って誤魔化す)
チョルジン:(拍子抜けして)ああ、騒音問題は大変ですよね。


第6話より共犯者としての自覚
ドヨンの顧問弁護士になり、自分が提案したネット賭博も成功し、後は引き継ぎをして、海外に移住しようとしていた気持ちのドンス。再び、コンビニの前でチョルジンと出会うシーンから。
禁煙していたが、コンビニでタバコを買うドンス、タバコに火をつけ休んでいるとチョルジンが通りかかる。
チョルジン:タバコを吸うんですか?
ドンス:ああ、ちょっと悩んでました2年ぶりなので….
チョルジン:じゃあ協力しないとな (ドンスのタバコを手に取り)同志です。私も禁煙歴6ヶ月。(ドンスと握手する)いまだに1日に何度も吸いたくなります。(タバコを机の上に戻し)何か嫌なことでありました?
ドンス:(ため息をつき)知り合いが宝くじに当選を。他人ならば気にしませんが、知り合いだと妙な気持ちになりますね。しかも、私が買えと勧めたんです。番号も私が選んだ。
チョルジン:それは….
ドンス:ちょっと悔しいです。何だかうまく説明できませんが、むなしく感じました。必死にいきてるのにバカを見たというか、自分の人生は宝くじ1枚にも満たないんだなと。
チョルジン:私もむなしくなります。犯罪収益金を没収する時。給料の何倍もあって働くのがバカバカしくなる。簡単に稼いでいるヤツが大勢いるのに、私は何だろうと。でも本当は必死で働いている人ばかりで、そういう人たちが社会を回している。…もう帰りましょうか。ここにいると吸いたくなりますよ。
ドンス:はい(買ったタバコをコンビニのゴミ箱に捨てる)

第10話より境界線の提示
事件から3年後、邪魔になるものを排除し、もはや昔の生活には戻れない、全てが変わってしまったドンスの生活。ふと、ドヨンの野球ボールが後ろに転げ落ち、それを拾いドンスに語りかけるドヨンのセリフ。
ドヨン:怪物と戦う者は、己が怪物にならぬよう気をつけろ。
怪物の心をのぞき込む時、その怪物もお前を見ている。

感想記 一匹の蝿にみる二人の「悪人」の深層心理

ドヨンの愛人の監視に多額な報酬を与えられ動揺し、依頼された仕事を断ろうとするドンスでしたが、痴呆症のため施設に入居中のドンスの母親が施設内で火を着けた問題で、その賠償金をスーパーでパートとして働いている妻が店長に金を借りていた事を知ります。しかも、妻が店長からセクハラを受けていたことを知り、店長に告訴すると言うと、弁護士の妻がなぜパートに出ているのかと、弁護士も嘘で二人で詐欺を働いていると逆に罵られてしまいます。

怒りの中、その帰りの車中に一匹の蝿がいるのに気づくと、ドンスは、手で蝿を握りつぶし、車のドアガラスに擦り付けます。そして、再び店に戻るとドヨンからの報酬を店長にぶちまけます。彼の頭に浮かぶドヨンの言葉「..やってみると簡単だぞ。興奮するし優越感に浸れる。」が、彼にゴルフのドライバーを持たせ、事務所の机を粉々にするのでした。

気が弱く人のいいドンスとボムジェ、最初は不器用でコミカルにさえ見える二人の兄弟の行動でしたが、ドヨンとの関係に思い悩む時期から、ドンスの心情が変化していきます。その心境の変化は、第3話と第6話のチョルジンに語るドンスのセリフが物語っています。

ドヨンがボスから高級車を受け取ったように、ドンスも最初は金銭的な問題を解決し、今より良い生活を求め、悪の世界に足を踏み入れていきます。彼の弁護士としての正義感や信念が、徐々に金銭欲や出世欲に蝕まれていく過程は、このドラマの重要なテーマの一つです。

二人は異なる立場から始まりながらも、結局は金と権力という共通の誘惑に囚われ、その末に悲劇的な結末を迎えるという点で、対照的でありながらも共通の道を辿ったと言えます。

ソ・ドヨンは、元野球選手としての挫折や、組織内で裏切られた経験が、彼の冷酷さや頂点を目指す執念に繋がり、自分の邪魔をする者、あるいは裏切った者に対しては容赦なく、徹底的な報復を行います。

一方、ハン・ドンスもまた、一度は正義を信じていた弁護士でありながら、上司であるムン・サングクにより、自身の立場や信頼を裏切られる経験をします。特に、ソ・ドヨンによって彼の人生が大きく狂わされていく中で、彼もまた裏切りへの復讐心を抱くようになるのは自然な流れです。

金銭欲や権力欲だけでなく、「裏切りへの復讐」という感情も、二人の行動を突き動かす原動力になっていると言えます。

ソ・ドヨンの持つ冷酷さと無慈悲さは、結果として彼自身の破滅を招く形になりました。トップを目指す野心と、それを実現するために手段を選ばない行動が、彼をさらなる深みへと引きずり込み、最終的には抗争の犠牲となるという結末を迎えます。その最期は、彼の「絶対的な悪人」としてのキャラクター性をより強く印象付けます。

最後にドヨンが語ったセリフは、ニーチェの『善悪の彼岸』の言葉です。彼は、ドンスにその言葉を語りかけたあと、いつものように不遜な笑いを浮かべ、静かにドンスに向けてボールを転げて返すのでした。ボールは、ドヨンとドンスの中間で止まります。それはニーチェの言葉が示す、善と悪の境界線のようにも感じます。

ドンスに心を向けていた存在の弟(結果的にドンスが殺したと同じ)や刑事を無残にも殺し、自分の母親を殺したシック派のボスとの結託など、人間性からかけ離れていく彼の行動は、ドンスを殺した後、自らの頭に銃を向けます。その発砲音は、彼の過去との決別であり、「本来の彼に戻る」という希望よりも、組織での経験が彼にもたらした「闇の弁護士」として、元には戻らない複雑な人間性の始まりを表しているのかもしれません。

補足になりますが、ニーチェのこの「怪物をのぞき込む者は〜」の言葉は、いろいろ韓国ドラマ『悪の心を読む者たち』でも引用されています。そのドラマでは、怪物を理解することで事件を防ごうとする人間が描かれていますが、『悪人伝記』は、理解することそのものが「一線を越える行為」になり得ることを示しているように思えます。

作品概要/キャスト

作品概要
公開年:2020年(全10話)
放送局:ENA
原 題:악인전기 (アクインジョンギ)
キャスト
ハン・ドンス(演:シン・ハギュン
ソ・ドヨン(演:キム・ヨングァン
ハン・ボムジェ……ドンスの異母弟(演:シン・ジェハ
ヘヨン……ドンスの妻(演:チェ・ジョンイン
イ・ヘジャ……ドンスの母(演:キル・ヘヨン
マ・チョルジン刑事(演:クォン・ヒョク
ムン・サングク法律事務所代表(演:ソン・ヨンチャン
ムン・ヘジュン……サングクの息子(演:チェ・ビョンモ
キム・ジェヨル……新南航運代表(演:チュ・ジンモ
ペ・ジョンハ……シック派のボス(演:チェ・ミンチョル
クォン・オジェ……ドヨンの部下(演:ペ・ナラ

コンテンツ・配信サービス

■本作は、3つの方法で視聴できます。また、DVD-BOXやBlu-rayもリリースされています。
Hulu  見放題配信中 (Huluの月額料金だけで視聴)
Prime Video内のチャンネルサービスにて配信中
FODチャンネルChannel K
※2025年12月現在

以下は日本語字幕はありませんが、ドラマのメイキング映像です。俳優同士の距離感や現場の空気が伝わる映像です。

まとめ

ここでは、ストーリーとは別に、二人の俳優について感じたことを一言書添えたいと思います。

キム・ヨングァン演じるソ・ドヨンの囚人服から、スカジャン姿でサンダルで歩く姿は、チンピラ風でもっさりとした感がありましたが、組織のNo1になった時の黒スーツ姿は、「悪なのにカッコいい」と感じさせます。また不遜な笑いや感情を露わにする瞬間の演技など、回を重ねる毎に印象的なキャラクターです。元野球選手という背景にある過去、冷徹で計算高い悪役の雰囲気、そして何よりもその圧倒的な存在感が、視聴者を引き込みます。

また、シン・ハギュン演じるハン・ドンスは、その心情の変化を見事に熱演しています。このドラマの中におけるドンスの真面目さが実は本当に怖いと思わせる演技は最後まで目が離せません。特に第1話で見せる手で握りつぶした蝿をドアガラスに擦り付けるシーンは、気持ち悪くもありました。見えすぎる悪よりも、潜在する自然な悪が炙り出る感覚に目が鷲掴みされます。

そんな二人の演技の深さも堪能してみてください。